高校の時に、同学年にアリサちゃんが3人いた。そのうちの1人は中学から知ってる同じ部活のアリサちゃん。
最初はそれが出発点で他のアリサちゃんに興味を持った事が、出逢いの始まりだったと思う。
確か3人のうちの2人は高校1年の
同じクラスにいた。同じ部活のアリサちゃんと、ぶっ飛んでる平成ギャル真っ只中のアリサちゃん。
面白いことに、3人ともそれぞれ漢字が違うし、その漢字はその人物像にすごく当てはまってて名前って凄いなと思ってた。
クラスの違う最後のアリサちゃんに初めて会いに行った時、多分私はフルネームで名前を聞いたと思う。
私は3人のアリサちゃんをコンプリートした。
そして、その最後のアリサちゃんと私は謎にすぐさま意気投合したのです。
その、最後のアリサちゃんはのちに他のアリサちゃんと区別するために私は、『ありんこ』と呼ぶようになる。
なぜなら、ちっさくて可愛いから。
私は、人の名前を覚えられないので自分なりにあだ名をつけるクセがあるのだけど『ありんこ』は最大限に私の中で彼女をリスペクトした呼び方だった。
ただ、ありんこは長いので、結局『アリ』と
呼ぶ事ににおちついたのです。
アリは、出逢いから30年近くたった今でも私に、、
『私を救ってくれたのは、あの頃のあなたが言った言葉だ、そのおかげで私は強くなれた』
と言ってくれる。
だけど、私は1回彼女を救ったことよりも何回も何万倍もアリの言葉に救われていると思っている。
私は、幼少期から独特な感性を持っていたため、いわゆる人間関係を築く事がとても苦手だった。特に、同い年の友達との関わり方がわからなくてしんどかった。
女子の群れるとか、女の子らしい遊び方、おしゃれやキラキラしたものも苦手で、
男の子と走り回ってるのが1番楽しかった。
今思えば、小学校3年生頃から悩みのネタは人間関係だった気がする。
ただ、年下の子と仲良くなるのは本当に得意で小学校時代の仲のいい友達はほぼ学年下の子だった。
そして、そんな私が人間関係を相談する相手はその頃からずーっと父親だった。
お前は、年下としか遊ばないのは
年下だから支配できる🟰楽だからだと
言われて小学生ながらにショックを受けた事もある。
今思えば、普通に精神年齢が同い年の子より低くて、テレビの話、アイドルの話、おしゃれの話についていけなかっただけなんだと思う。そして、それにただ興味がない。今だにそうだから、それをネタに群れる子供時代がしんどくてもそれは当たり前だったと今は思う。
そして、その群れに入らなくてはという思いもあり、毎日疲弊していた子供時代だった。
そして、人間的に自由人度が高めでもあったと思う。
群れるのがしんどいなら、離れればいい。自分が寄って行かなくても、人間ができていればおのずと、人は寄ってくる。
人が寄ってくる人になりなさい。
父はそう言ってた。
『イヤなら距離を取る。』
これが、私の中の私自身を保つための
ルールになった。

